【防災教育】津波の学習のあと、聴かせたい歌『潮の匂いは。』

防災教育
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1年生の大地の変化で津波の学習をしたとき、Youtubeで『潮の匂いは。』という歌を聞かせています。

命の重みや、災害の苦しみ、被災者の困難が表現された歌です。

初めて聴いたときは結構な衝撃でしたし、生徒に聴かせるときも、自分が泣いてしまわないように気をつけています。

もともとは高校生の書いた詩がもとになっています。高校生らしい言葉選びかもしれません。

中高生にとっては、同世代なだけにより迫力をもって感じられるかもしれません。

自分の高校時代を振り返っても、こんな詩は決して書けないでしょう。

みなさんも、ぜひ一度聴いてみて、次のような実践につなげてみてはいかがでしょうか。

理科とは「命」を考えさせる教科である。

あみ先生
あみ先生

災害の勉強をしたあとって、命の重さとか、いろいろなことを考えてほしいですね。

かに先生
かに先生

そうだね。教科書はただの知識だけかもしれないけれど、実はその向こうに、人々の生活があるんだということを伝えていきたいね。

あみ先生
あみ先生

関東大震災、阪神淡路大震災、東日本大震災・・・まだまだありますよね。最近は毎年のように豪雨災害が出ていますし・・・。

かに先生
かに先生

理科はデータやグラフだけを見つめるのではなく、もう一歩踏み込んで、命の教育をする教科だと思うよ。他の教科の先生に言わせれば、他の教科もそうなんだろうけれど。

あみ先生
あみ先生

時数は限られているし、道徳でもないですし、どうしたら命について考えさせることができるんでしょう?

理科の授業は楽しい。実験も楽しい。いろいろな話を聞くのも楽しい。そんなニコニコしてくれる生徒たちを見て、こちらも嬉しくなる。

でもときには立ち止まって、「命」について考えてほしいと思っています。

理科では「受精」や「遺伝」などで「命」の光の側面を学びます。そして「災害」で「命」の闇の側面を学びます。どちらも避けては通れない「命」の学習です。

 

津波の学習のあと『潮の匂いは。』を聴かせる。

大地の変化で、地震による災害について学びます。教科書を読んだり、資料集を見たり、ワークシートに記述したりで済ませてしまいがちですが、その最後に15分程度を割いて、つぎのような実践を加えています。

聴かせる前の先生の話

「ここまでが、地震による災害です。地盤沈下や津波などはニュースで聞いたこともあるでしょう。9年前の東北地方太平洋沖地震では、大きな災害がもたらされました。みなさんも覚えている人もいれば、家族から聞いたという人も多いはずです。」

「これからも巨大地震はきっと起こります。プレートの動きについて学んだように、残念ながら日本の位置からして、みなさんが生きていいるうちにどこかで巨大地震がまた起こるでしょう。」

「そこで、最後に、次の歌を聞いてほしいと思います。平成25年に、宮城県立石巻西高等学校を卒業した文芸部の片平侑佳さんが書いた『潮の匂いは。』という詩をもとにして、シンガーソングライターの佐野碧さんがメロディーをつけて歌ったものです。」

「災害が起きたとき、私たちは何を感じ、どう考え、どうやって乗り越えていったらいいのか、みんなに考えてほしい歌です。聴いてみてください。」

 

というような話をして、YoutubeのMVを流します。(CDは見つけられませんでした。発売していたらごめんなさい)。

プロジェクターで映像を流し、外部スピーカーでボリュームを上げて聴かせました。音だけでなく映像もあったほうが、今の生徒たちには没入感があり、集中できると思います。

準備が大変でなければ、歌詞カードをスライドで見せたり、震災当時の石巻の映像や写真を見せたりするのも効果を高めると思います。

 

『潮の匂いは。』ミュージックビデオ

 

『潮の匂いは。』 片平侑佳 宮城県立石巻西高等学校(平成25年卒)

潮の匂いは世界の終わりを連れてきた。

僕の故郷はあの日波にさらわれて、今はもうかつての面影をなくしてしまった。

引き波とともに僕の中の思い出も、沖のはるか彼方まで持っていかれてしまったようで、

もう朧気にすら故郷の様相を思い出すことはできない。

 

潮の匂いは友の死を連れてきた。

冬の海に身を削がれながら、君は最後に何を思ったのだろう。

笑顔の遺影の口元からのぞく八重歯に、夏の日の青い空の下でくだらない話をして

笑いあったことを思い出して、どうしようもなく泣きたくなる。もう一度だけ、君に会いたい。

くだらない話をして、もう一度だけ笑いあって、サヨナラを、言いたい。

 

潮の匂いは一人の世界を連れてきた。

無責任な言葉、見えない恐怖。

否定される僕たちの世界、生きることを否定されているのと、同じかもしれない。

誰も助けてはくれないんだと思った。自分のことしか見えない誰かは

響だけあたたかい言葉で僕たちの心を深く抉る。

 

“絆”と言いながら、見えない恐怖を僕たちだけで処理するように、遠まわしに言う。

“未来”は僕たちには程遠く、“頑張れ”は何よりも重い。お前は誰とも繋がってなどいない、

一人で勝手に生きろと、何処かの誰かが遠まわしに言っている。

一人で生きる世界は、あの日の海よりもきっと、ずっと冷たい。

 

潮の匂いは始まりだった。
潮の匂いは終わりになった。

潮の匂いは生だった。
潮の匂いは死になった。

潮の匂いは幼いあの日だった。
潮の匂いは少し大人になった今になった。

潮の匂いは優しい世界だった。
潮の匂いは孤独な世界になった。

潮の匂いは・・・・・・・・・・・。

 

聴かせたあとの先生の話

Youtubeにアップされていますので、出典としてそのことを伝えます。また、どうしてこの歌を聞かせたのか、改めて理由を伝え、一人ひとりに考えるように促します。

「Youtubeにもアップされているので、検索して聴くこともできます。歌詞を何度も読みたい人は探してみてください。」

「さきほど読んだ教科書に、いくつかの災害の写真が載っていましたね。あの写真を思い出してください。」

「先生としては、あの写真の先に、人々の生活があること。これまでの暮らしがあったこと。そしてこれからも生きていくことを、想像してほしいと思っています。」

「災害のニュースを聴くと、被災地は大変だな。復興に向けて頑張れ。なんて思うけれど、その言葉や思いが、いかに他人事になっているか。」

「この歌を聴くと、当事者にならなければ分からない思いがあるのかもしれませんね。当事者に寄り添うということがいかに難しいか、考えてしまいます。みんなはどうですか。」

   (ここで少し間を取ります。)

「でもね。それでもなおね。そこから逃げ出さずに、被災者や被災地に思いを寄せる人に、みなさんはなってください。」

「みなさんはこの歌を聴いたのだから、そういう想像力をもった人になってほしいと思っています。」

「時間つくってくれてありがとう。終わります。」

   (チャイムの少し前に終われたら、余韻が残せて最高ですね。)

 

「命」は考えさせるが、正解はない。

これでおよそ15分です。話を短くしたり、動画視聴の段取りが早ければ、もう少し早くできるかもしれません。

わたしはこのあと、感想を求めません。道徳の授業ではありません。何を感じたかなどと評価をする必要はありません。

命に正解はないのです。命について考えてくれれば、もしくは、この実践から何かを感じてくれれば、それでいいと思います。

感想を聞く代わりに、授業のあとの生徒たちの話には耳を傾けます。その話を聞いて、自分の実践をよしとしています。

先生方の授業実践に、少しでも参考にしていただければ幸いです。

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