「防災道徳とは?」藤井基貴先生(静岡大学教育学部准教授)のお話

 防災教育

静岡大学教育学部准教授である藤井基貴先生のお話です。

防災道徳とは何か?

日本の防災教育は東日本大震災によって根本的な見直しを迫られました。「考える防災」という言葉に象徴されるように、災害時に児童生徒が自立的に判断し行動するための教育プログラムが学校に求められるようになったのです。これにより、抜き打ちの避難訓練や避難所体験などが導入されてきました。

しかし、優れた防災科学の知見も道徳的な判断力、実践力も場当たり的な指導だけで習得されるものではありません。つまり、困難な現実や想定に向き合い、自分なりに応答し、議論を繰り返した体験こそが本当の生き残る力となるのです。

では、こうした人間の感情と結びついた思考や判断を学校でどのように教えることができるのでしょうか?

この課題と向き合うとき、道徳的な判断力について扱い「考え、議論する特別な教科 道徳」の役割がますます重要になっています。その一環として開発されたのは防災道徳です。

この授業では、災害時や復興時における葛藤の場面を取り上げ、さまざまな条件下において人間が抱える心理状態やとりうる最善の選択肢について、道徳的諸価値の視点から児童生徒が考え、議論します。

防災道徳の授業開発は2011年に静岡大学で始まり、これまでに全国400校以上で導入されました。

  

今日の防災教育の重点は主体的に行動する態度を培い、その前提となる思考力や判断力を育成することになると言えます。

阪神淡路大震災を契機に生まれた「クロスロード」や「災害図上訓練DIG」、「避難所運営ゲームHUG」などの教材は、災害時の複雑で短期的な状況を参加者に疑似体験させ、お互いの対話を促すことで、思考や判断の基盤を見直すプロセスを提供しています。

これらの教材は、過去における行政や専門家に依存した防災教育のあり方に対する反省から生まれたものです。現在は行政、専門家、市民が対話を通して協力しあい、自然災害によるリスク低減を目指すための教育手法として広く普及活用されています。

防災道徳はこうした教材のエッセンスに学びながら、学校の教育課程に導入しやすく、現実に即した対話が教室で生み出されることを目指して開発されてきました。

  

防災道徳の授業の流れ

防災道徳の授業は、基本的に判断に迷う状況について考えを巡らせる「ジレンマ授業」と、その後にジレンマ状況をいかに回避して行くかを取り上げる「ジレンマくだき授業」の段階で構成されています。

前段では道徳的諸価値の対応の中で児童生徒が判断の理由付けを深めながら、他者の考えをじっくり聴くことを意図しています。

後段のジレンマくだき授業では、ジレンマに陥らないための事前の備えや必要な行為形成について学びます。

実際には前段のジレンマ授業を道徳科で行い、これを導入学習として、ジレンマくだきの要素を避難訓練などの学校全体の防災プログラムなどによって補完する取り組みが広く行なわれています。

したがって、防災道徳はより狭義には道徳科における防災を題材としたジレンマ授業ということになるでしょう。

  

ジレンマ授業の「導入」では、防災に関する基本知識をクイズ形式、写真、体験談などの形で児童生徒に伝えます。

続く「展開」においては、災害時や復興時などにおける葛藤場面を課題として示します。これに対する各種の考えをワークシートに記入した後に、ペアやグループに分かれて話し合います。

学年や教材によっては、心情円やジレンマメーターなどの思考ツールを取り入れることもあります。

また、児童生徒の思考の深化を促すために、教師はあらかじめ「ゆさぶり発問」や「切り返し発問」を用意して議論の進捗に応じてクラスに投げかけます。

「終末」では授業で話し合った内容より多面的・多角的な観点から振り返る時間を取ります。さらに、児童生徒は家庭や地域に持ち帰って、もう一度考えてみることを勧めます。

このような授業を進めることにより、教師には説明、発問、指示のバリエーションや力量が問われることになります。

したがって、防災道徳の授業に取り組むことは同時に「主体的・対話的で深い学び」に即した授業改善にもつながっていきます。

  

防災道徳の授業づくりのポイント

授業を作る際には、防災科学に基づく確かな知識が欠かせません。

私たちは各方面の専門家と協働しながら、最新の防災科学と教育科学における授業技術を結合させ、「教えること」と「考えること」を両立させた授業づくりを目指してきました。

「考えること」を授業で実現するために特に留意していることは、課題となる場面設定をできるだけシンプルにすることです。

あまりにも多くの情報をはじめから提供しすぎると、思考や判断の余地は限定されてしまいます。

このことに関連して、場面設定を理解するのに時間がかかりすぎると、児童生徒はその問題を自分事として捉えることが困難になってきます。

シンプルな場面設定であることで、児童生徒からは「もしAならBなんだけどな」といった発言が出され始めます。

そもそも判断というのは条件や根拠と一緒に考える必要があります。逆にいえば、この時、児童生徒はBという判断を出すために、どのような情報が必要なのかと推論を巡らしているのです。

こうして思考過程は「what ifの思考」とも言われており、高度な判断力を養うための基本原理になっています。

   

防災道徳の可能性

防災道徳の授業は、年間35時間ある道徳科の中で1時間から2時間程度を目安に実施されています。

小学校高学年から中学校ぐらいの導入しやすい学年といえるでしょう。

また防災道徳の授業は未完了の課題を示すことによって児童生徒の防災に対する興味関心を持続させ、思考力・判断力・表現力を伸ばすと共に、学校の教育課程を横断する防災プログラムの起点にもなっています。

防災は日本の重要な文化の一部となっており、地域に開かれた教育課程を実現する上でも格好の題材と言えます。

防災をテーマとした教育学習活動は、地域社会に根ざした学校文化を育むと共に新たな特色を生み出し、広げてくれるはずです。

    

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