「明日も晴れる」(東日本大震災から10年…)

自分自身について
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今日という日は、今しかないので、いま思うことを書き残しておきます。

震災から10年が経ち、いろいろなことがありました。暖かい出会いと惨めな別れと貴重な経験がたくさんありました。

ベタな言い方ですが、3.11で人生が、人生観が、大きく変わったように思います。 

人として、親として、教師として、こんなことを言うのはどうかと思いますが、ときどき私のなかに吹いてくる風です。

『人は夢や希望が無くても生きていける。』

 

たまたま運よくもぐり込んだ避難所で、ひょんなことからボランティアリーダーになりました。

しかし野菜の栄養不足で鼻血を出した朝、自分自身の限界を感じました。

そして理科教師としての勘が働いたのでしょう、テレビでチラッと見えた天気図から雨が降る時間が予測できました。

堪えられず涙をこぼしながら避難を決断したとき、自分になくなっているものに気付きました。

夢や希望です。

 

でも生きていました。

人は、夢や希望が無くても、生きていられるのだと、わかりました。

だから生きてきました。

 

じゃあ自分は何で動いているのだろう?

パンドラの底を見るようで、自分の根底と向き合うことには長いためらいがありました。

でも去年になってやっと分かってきました。

 

私には夢や希望がない。でも願いはある。

『世界中の人に、幸せになってほしい。』

夢や希望は打ち砕かれる。でも願いは自分次第だ。

夢は見るもの、希望はもつもの。
夢は流れる川、希望は降ってくる雨。

願いは自分から願うもの。
大地から溢れる泉。

 

自分が枯れない限り、自分が動き続ける限り、この地球を循環し、保存されるエネルギー。自ら湧いてくる意志。

私は夢や希望が無くても生きていける。

でも、世界の人々が夢や希望を持つのなら、それを叶えられるように願い、動き続けることが、私の務めになる。人として、親として、教師として。

 

そんなことを、家の玄関を開けるときに思いました。

あれから10年。

あのときは放射性物質を吸い込まないようにとマスクをしていました。

今はコロナ禍でマスクをしています。

 

昼休み、光合成したくなって、体育館への渡り廊下に座って、校庭で遊ぶ子供たちを見ていました。

あの日も今日のように暖かな1日でした。

もう雨を怖がることはありません。

わたしは「明日も晴れる」と願えるようになりました。

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