初任研担当として、初任者の先生方の報告書にコメントを書いています。
指導の先生とのやり取りや、教室での実践を通して、皆さんが日々たくさんの学びを積み重ねている様子に、励まされる思いです。
この記事では、報告書には書ききれないような視点から、わたし自身の経験も交えてメッセージをお届けしています。
少し立ち止まって考えたいとき、ふとヒントが欲しくなったときに、気軽に読んでいただけたらうれしいです。
「児童生徒理解」へのコメント
私としてはですが・・・私は「褒めること」を手放しに良しとは考えていません。
褒めることは報酬を与えることです。そのため、褒められるからやる、褒められないからやらないという生徒を育ててしまいかねません。
先生からの報酬とは、成績や評価だけではありません。先生に褒められる=「特別な存在」=「優位な立場」を作ってしまいます。
褒められない生徒との溝を作り、上下のヒエラルキーを作ってしまうのです。叱るのも同様です。
以前、「先生の周りに集まってくる生徒の、向こう側にいる生徒に目を配ってください。」と話したこともありました。先生に近づけない生徒もいるのです。
子供は大人の関心を引くために、良いこと・悪いことをしようとします。特別になれば存在を認められると思っているのです。
つまり、ひとりの失敗に対して注意を与えてはいけないのです。代わりに、一人の成功に対してクラス全員を褒めます。
できれば褒めるのではなく、感謝を伝えます。「○○ができたのは、みんなで声をかけてきたからですね。ありがとう、先生も嬉しい。」というような。これは、アドラー心理学の影響です。読んでみてください。
コメントの背景
「私は『褒めること』を手放しに良しとは考えていません。」
見すると少し厳しい内容に見えるかもしれません。しかし、これには私自身がこれまで学校現場で経験し、考え続けてきた「生徒指導の本質」が深く関係しています。
「褒める」は報酬であり、依存を生む
学校現場では「褒めて伸ばす」指導が重視されることがあります。もちろん、肯定的な声かけは大切です。しかし私は、褒める行為、注目する行為を「報酬」として扱うことに危機感を持っています。
なぜなら、
- 褒められるから頑張る
- 褒められないからやらない
という状態が生まれ、子どもの行動が「他者評価への依存」になりかねないからです。
教師からの報酬は、成績や評価だけではありません。
「先生に褒められた」という事実もまた、子どもにとって大きな報酬です。
そこには、
- 自分は“特別”になった
- 他の子より上に立てた
- 先生に選ばれた
という優位感やヒエラルキーを生み出す危険があります。
こうした構造は、褒められなかった子との間に静かな溝をつくり、生徒同士の関係性にも影響します。
「先生の周りに集まる子」だけを見てはいけない
私は以前から、若い先生に次のような話をすることがあります。
「先生の周りに集まってくる生徒の、向こう側にいる生徒に目を配ってください。」
先生に近づける子は、親しみやすかったり、積極的だったり、コミュニケーションが得意だったりします。
しかし、少し距離を置く子、声をかけづらい子、存在感が薄い子…そうした子どもたちこそ、より丁寧に目を向ける必要があります。
褒める指導は、ともすれば「先生に近づける子だけが恩恵を受ける指導」になりかねません。
だからこそ初任者には、褒める行為が生む「見えない格差」に早く気づいてほしいのです。
子どもは「関心」を得るために行動する
子どもは、大人から注目されるために良い行動も悪い行動もします。
- 褒められれば「良い子の役割」を演じる
- 叱られれば「問題児の役割」を演じる
どちらも、大人の関心を得るための行動です。つまり、大人の評価軸が強いほど、子どもの行動は「自分の意思」より「先生の注目」で左右されてしまう。
私は、その構造から子どもを解放したいと常に考えてきました。
「褒める」の代わりに「感謝」を使うわけ
そこで私が初任者にすすめているのが
「褒めるのではなく、感謝を伝える」
という方法です。
- 個人の成果を過度に称賛するのではなく
- その行動がクラス全体にどう貢献したかを言語化し
- 教師自身がその「協力」に感謝を伝える
例えば、
「○○がうまくいったのは、みんなが声をかけ合ったからですね。ありがとう、先生も嬉しいです。」
このような言い方は、
- 上下の関係を生まない
- 特別扱いを生まない
- コミュニティの一員としての「貢献」を認識できる
- クラス全体のまとまりを育む
という大きなメリットがあります。
これはアドラー心理学の考え方に通じる部分でもあり、私が教育現場で実感してきた指導のコツでもあります。
初任者に伝えたかったこと
今回のコメントで私が一番伝えたかったのは、
「褒めること自体が悪いのではなく、その裏にある“選ばれる構造”に気づいてほしい」
ということです。褒めることは悪ではありません。しかし、褒め方を誤れば、生徒同士の関係性や自己概念に影響を与えてしまいます。
初任者の先生が「全員を育てる目」を持って指導できるように、そして「目の前の行為」ではなく「教育の構造」を見られるように、少し踏み込んだメッセージとして書いたコメントでした。



