初任研担当として、初任者の先生方の報告書にコメントを書いています。
指導の先生とのやり取りや、教室での実践を通して、皆さんが日々たくさんの学びを積み重ねている様子に、励まされる思いです。
このブログでは、報告書には書ききれないような視点から、わたし自身の経験も交えてメッセージをお届けしています。
少し立ち止まって考えたいとき、ふとヒントが欲しくなったときに、気軽に読んでいただけたらうれしいです。
「道徳教育の全体計画と学級における指導計画」へのコメント
道徳は教科化に伴って評価する必要があるものになりました。
学校教育全体を通して、発達段階に応じた指導が必要・大切です。
価値を踏まえて、いつ、どこで、どのカードを切るか考えておきましょう。
学級の実態、生徒一人ひとりに応じて、いろいろな伝え方ができるように備えておきましょう。
自分の頭で考えるだけでなく、校長先生をはじめ、色々な方の話を聞いて理解を深めていく努力が大切です。
コメントの背景
「特別の教科 道徳」とか「教科化」って言いづらいですよね。そんなことありませんか?
特別とは何が特別なのか?
たしかに「道徳」は学校教育活動全体を通して行われるものであり、ほかの教科に比べて、薄く広いものです。
授業だけでなく、給食や清掃、部活動、委員会活動、すべての生徒の活動のなかで行われるので広いです。
先生方がその活動中にどれだけ道徳的価値を意識するかによって濃度も変わります。気にしていなければどんどん薄くなります。
免許状が必要ないというのも特別です。つまり道徳はどんな人でも扱えるということです。
こうも言えます。道徳科のプロはいないし、道徳科のプロを勝手に名乗ることもできると。
果たしてそのような道徳科が、教科として扱われるようになり、評価までされるようになったとして、生徒・保護者は納得するのでしょうか。
そこでこう考えます。
道徳には正解がない。だから「正解を与える」ことよりもそこまでの道筋として「考え、議論する」ことが重視する。
「考え、議論する」ことはこれまでのすべての教科で行っていることですから、先生方は自分の教科においてプロと言えます。
ですから、授業の前には自分でよくよく考えておくことが大切ですし、ほかの先生方と考えをぶつけて議論をしておくことが大切になります。
大事なのは、答えを決めることではなく、さまざまな考え、さまざまな議論の展開があるのだと理解して、授業の展開をコントロールできるように準備しておくことです。
「道徳」を教えるのは難しいですが、それだけにすべての先生にとって、やりがいのあるものだと思います。

学年会でそんな時間が持てたら最高だろうな~。


