【令和元年度】卒業文集原稿「Gifts」を書きました【先生向け】

自分自身について
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毎年3月1日はその年度に書いた卒業文集の原稿をアップしていたので、今年度も掲載したいと思います。

今年度は3年生の学級担任をしています。そのため卒業生向けというだけでなく、自分の学級の生徒に向けた文集になっています。

令和元年度の卒業文集の原稿は「Gifts」というタイトルです。学級対抗の合唱コンクールで、Superflyさんの「Gifts」を歌いました。タイトルはそこに掛けています。歌詞を知っている方、歌ったことがある方は、少しだけ歌詞、キーワードを引用しているのが分かると思います。

A4サイズの文集なので、先生2人で1ページ。つまり1人A5サイズです。例によって、行間やポイント数をほぼ限界まで大きくして書きました。挿絵として、下弦の月のイラストを小さく入れています。

先生方の卒業文集の例文として、少しでもヒントにしていただければ幸いです。

卒業文集原稿「Gifts」

Gifts

修学旅行のクラス別研修もそうだったけれど、提案されたものではなく自分たちで独自のことをやりたがる。そんな◯組が合唱に選んだのがGiftsだった。自分たちでCDを用意するほどのやる気。

この選曲は、担任としてはちょっと嬉しかった。特に言わなかったけれど、私の合唱曲のリクエスト条件は、「カラオケに入っていること」だったからだ。これなら卒業しても、クラス会をやったとき、いつでもみんなで歌える。(みんなで歌ってね)

これを書いている今も、聴き返してみると泣いてしまう。それぐらいいい歌だ。ごめんね、あんまり音楽室に入らなくて(笑)あの合唱祭直前のドラマチックな展開も、担任としてはとても嬉しかった。体育祭に続いて、君たちが「私たち」になった瞬間だった。

何度聞いても泣ける歌を神曲という。そんな歌、滅多に出会えるものではないけれど、槇原敬之の「僕が一番欲しかったもの」もその一つだ。(ぜひ聴いてみて)

私たちは、つい自分に与えられたものに目が行ってしまう。自分が何を持っているか、何を持っていないのか。他の人が持っているものが羨ましくなって、自分の持っているものが少なく思えたり、つまらない、ちっぽけなものに見えたりしてしまう。

そうではない。目を向けるべきは、私たちが「与えられたものをどう使うか」なのだ。自分が持っているものは何か、ではなく、それをどう使うか。

障がいをもって生まれた子のなかには、特別な才能を示す人がいる。音楽や美術や数学で表現される、その天賦の才をもつ子を「ギフテッド」と呼ぶそうだ。

いやしかし、私たちは天から才能を与えられた「ギフテッド(gifted)」にはなれなくても、人に何かを与えられる「ギフタブル(giftable)」にはなれるはずだ。

与えられたものをどう使うか。そこにこそ、人生の意味と課題と幸福がある。
何も持っていない人間などいない。同じ人間もいない。機能だけでなく、存在にも価値がある。平均値より、多様性にこそ価値がある。みんなバラバラ、Giftsは複数形だ。

眩しい下弦の月を見上げたとき、どうか光を受けていない面にも目を向けてほしい。まだ誰も見ていない月の裏側だってある。あなたの持つ月の欠片、パズルのピース、あなたのGiftsを必要とする人が、あなたの隣に、世界のどこかに、きっといる。

あなたは何がしかを持っている。それを与える。そこから始める。生きるとは、人から与えられるものではなく、人に与えることなのだ。「貢献感」こそが幸せへの道しるべである。そうして、「私」と「あなた」は互いに「私たち」を幸せにするだろう。

帰り道はみんなバラバラかもしれない。でもみんな、同じ月の下にいるんだよ。勇気をもって歩んでほしい。卒業おめでとう。

今読み返すと、槇原敬之さんの名前と曲名が載っているのは微妙ですね。原稿は納入完了してしまっているので、今更直せません。仕方がないですね。でも「僕が一番欲しかったもの」は本当に名曲だと思います。

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