【初任研】62「生徒指導の反省と評価」へのコメント

 初任者研修

初任研担当として、初任者の先生方の報告書にコメントを書いています。

指導の先生とのやり取りや、教室での実践を通して、皆さんが日々たくさんの学びを積み重ねている様子に、励まされる思いです。

この記事では、報告書には書ききれないような視点から、わたし自身の経験も交えてメッセージをお届けしています。

少し立ち止まって考えたいとき、ふとヒントが欲しくなったときに、気軽に読んでいただけたらうれしいです。

 

「生徒指導の反省と評価」へのコメント

生徒指導の基本として「それぞれ、よりいいものへ」というのは、本当に一人ひとりの生徒だということです。

一人ひとりの生徒について、個別のビジョンを持ってください。30パターンです。並大抵のことではありませんが、それが担任です。

クラスを導くことは、一人ひとりの道を歩かせることです。正解はないし、成功が見えるのはずっと先です。(三年後か、五年後か。)

担任として一人ひとりに伴走していくこと。大変ですが、頑張っている子供たち一人ひとりを一番近くで見守れる、一番幸せな仕事でもあります。頑張ってください。

  

コメントに込めた思い

生徒指導の基本にある「それぞれ、よりよいものへ」という考え方。この「それぞれ」が示しているのは、クラス全体ではなく、一人ひとりの生徒です。

担任にだけ見える景色がある

担任は、30人なら30通りのビジョンを持つ必要があります。

「この子は、どんな未来に向かって歩いているのか」
「今の歩幅でどこまで届きそうか」
「どのタイミングで背中を押すか」

本来、これを全生徒分考えるのが担任という仕事です。

自分自身が常々自分に叱咤激励しながら言い続けているので、正直、並大抵のことではありません。よくよく分かります。

クラス運営の難しさを実感する瞬間でもあり、担任にとってはプレッシャーにもなるところです。

しかし同時に、「一番近くで伴走できるのは担任だけ」という事実は、「何よりの充実感」につながります。

かに先生
かに先生

そう言い聞かせないとシンドイときもありますからね。

   

成果はすぐに見えない。だからこそ信じる。

生徒指導の結果はすぐに表れません。今日注意したことで明日変わるわけでもなく、「良い方向に進んでいる」と実感できるのは、数年後の卒業式のときかもしれないし、さらにその後の成人式かもしれません。

それでも担任は、毎日少しずつ変わっていく「芽」を見つけられる存在です。

  • 最近、目を合わせる時間が増えた。
  • ふてくされずに話を聞こうとするようになった。
  • 誰かのために動こうとする姿が見えた。

こうした変化を真っ先に見つけられるのは、やっぱり担任です。

  

「伴走する」ことそのものが、生徒指導の本質

クラスを導くというのは、30人を一斉に同じ道へ連れていくことではありません。

それぞれがそれぞれの道を歩けるよう、進む方向を一緒に確かめることです。

伴走しているからこそ、つまずきも分かるし、成長も分かる。

実はそれが、生徒指導における最大の喜びでもあります。

かつて中学校に入ってから教室に一度も入ったことがないという生徒を受け持ちました。

3年間、その生徒に自分でできうる限り寄り添いました。一切の強制をせずに、その子のペースに伴走したのです。

ときにはその子のところへ実験道具を持っていって一緒に実験したり、ワークシートとノートパソコンで勉強できるようにしたり、さまざまな工夫をしました。私の教科だけでも、評価できるだけの資料を集め、オール1になるのを防ぎました。

その生徒は最後の最後、卒業式の日に「教室に入る」と言って、私の前にちょこんと座りました。

決して注目を与えたり、贔屓になったりしないように、目の端にその子のことを捉えながら、最後の話をしたのを覚えています。

正解は分かりません。しかし私たちは、一つの節目を一緒に踏むことができたと思います。

担任という役割は大変です。

でも、一人ひとりの「よりよい姿」を一番近くで見守れるのは、担任だけです。

それって、実はとても幸せな仕事だと思います。

どうか自信をもって、そして時には肩の力をぬいて、生徒たちと向き合ってください。