初任研担当として、初任者の先生方の報告書にコメントを書いています。
指導の先生とのやり取りや、教室での実践を通して、皆さんが日々たくさんの学びを積み重ねている様子に、励まされる思いです。
この記事では、報告書には書ききれないような視点から、わたし自身の経験も交えてメッセージをお届けしています。
少し立ち止まって考えたいとき、ふとヒントが欲しくなったときに、気軽に読んでいただけたらうれしいです。
「特別支援教育」へのコメント
障がいをもった子は困った子ではありません。困っている子どもです。そして、困っている親がいます。
なぜ困るのか?世の多くの健常者に合わせた社会になっているからです。日本は9割が右利きなので、左利きの人には不親切な国ですね。
でも何とかやっていける。同じように、障がいがあっても同じようにやっていける社会を作ろうとするのが「インクルーシブ教育」です。
ここで「地域で育てる」という言い方をよくしますが、ややもすると、地域で隠そうとする、抱え込もうとすることもあります。私たちがこの地域を町単位ではなく、市や県単位で捉えるようにすると、誰もがより生きやすくなると思います。
コメントに込めた思い
障がいのある子は「困った子」ではありません。
困っている子どもであり、そして困っている保護者がいる。
まずはその事実を受け止めることから始まります。
なぜ「困る」のか
それは、社会が多数派=健常者を基準に作られているからです。
日本は右利きが9割。だから左利きの人には少し不親切。でも、工夫しながら生活できます。
同じように、障がいがあっても「同じように生きていける社会」を作ろうとするのがインクルーシブ教育です。
「地域で育てる」の本当の意味
よく聞く言葉ですが、時に「地域で抱え込む」「地域で隠す」という誤解を生むこともあります。
大切なのは、地域=町内だけで見ないこと。市町村・都道府県といった広い視野で考えること。
支援の裾野が広がるほど、子どもも保護者も先生も、みんなが生きやすくなります。
共につくる、生きやすさ
特別支援教育は特別な誰かのためだけのものではなく、誰もが生きやすい社会をつくるための視点です。その視点を学校が先に持つことで、地域の空気も少しずつ変わっていきます。
多様な人が共に生きる社会に向けて「違いを排除せず、生かせる力」を育てる。つまり、インクルーシブ教育は社会の価値観をつくる学びと言えます。
分けることが悪いのではありません。排除しないことが大事なのです。学校における特別支援教育は、そのインクルーシブ教育の一端を担っていると考えてほしいと思います。



