【初任研】12「通知票と指導要録」へのコメント

 初任者研修

初任研担当として、初任者の先生方の報告書にコメントを書いています。

指導の先生とのやり取りや、教室での実践を通して、皆さんが日々たくさんの学びを積み重ねている様子に、励まされる思いです。

このブログでは、報告書には書ききれないような視点から、わたし自身の経験も交えてメッセージをお届けしています。

少し立ち止まって考えたいとき、ふとヒントが欲しくなったときに、気軽に読んでいただけたらうれしいです。

 

「通知票と指導要録」へのコメント

通知票は一生ものだと思ってください。本人、保護者だけではありません。その子の将来のパートナー、子供や孫が見てもおかしくないのです。

ウソは書けませんが、その表現にはその人の人格を尊重した記述を残すべきです。

先生の一言でその子の人生に少なからず波を起こすという自覚を持って書くようにしましょう。

これは要録など本人の目に触れないものに対しても同じです。

コメントの意図を解説します

通知票は一生ものです。捨てる人っていますか?いつかは処分するのですかね?

わたしは未だに机の奥の方か、キャビネットの奥の方にしまってあります。記憶は定かではありませんが、捨ててはないです(笑)

卒業アルバムと並んで、ときどき見返すもの。数年経って見返すもの。年を取るとそのスパンが伸びることは自分でも分かりましたが、それでもわざわざ捨ててしまおうとは思いません。

 

理由は、当時の担任の先生の所見が書かれているからです。

昔は手書きでしたね。ペンで書いていた時代から、パソコンでいいよとなったときには、楽になった!という気持ちよりも、それでいいのかな?という後ろめたさが募った覚えがあります。

しかし、その後「パソコンでは伝わりません。」などという批判を受けたことはなく、手書きの通知票は教師の一方的な自己満足であったことが分かりました。

 

それでも、通知票の所見というのは、担任の思いを伝える大事なスペースです。今伝えたいこともそうですが、数年後、数十年後に見返してもいいと思えるような文を書いてあげたいですね。

担任だからこそとして、具体的なエピソードの記述を通して、ポジティブスピン(前向きな言い換え)や、プロセスフォーカス(結果ではなく過程に注目する)ができます。

媚びる必要はありませんし、ベタ褒めする必要もありません。先生が生徒を見守る姿を、適切に伝えられるように、言葉の力を磨いてほしいと思います。