初任研担当として、初任者の先生方の報告書にコメントを書いています。
指導の先生とのやり取りや、教室での実践を通して、皆さんが日々たくさんの学びを積み重ねている様子に、励まされる思いです。
この記事では、報告書には書ききれないような視点から、わたし自身の経験も交えてメッセージをお届けしています。
少し立ち止まって考えたいとき、ふとヒントが欲しくなったときに、気軽に読んでいただけたらうれしいです。
「特別活動の全体計画」へのコメント
会議ではつい「ご覧ください。」でスルーしてしまいがちですが、学校行事の計画にとって最も大切なのは目的です。
目的のために、時間と予算とリソースを費やしています。成功する行事というのは目的がしっかりしています。反対に、学びの少ない行事は目的がきちんとしていません。
「昨年と同じです。」ではなく、必ず再度検討して、読んでもらうようにしましょう。
生徒会活動は確かに「自発」「自主」「自治」が大切なキーワードになります。
しかし、教師が「自分たちでやりなさい。」と言った時点で、自主的でなくなってしまいますし。では、何を指導したらいいのでしょうか。
ポイントになるのは、リーダー育成とフォロワー育成です。特にリーダーとして一部の生徒を指導し、活動させることで、そのリーダーについて行く生徒たちは自発的に動くようになります。
それでもフォロワーはつまずいたり、集団から離れたりもしますから、教師として支援していきます。これを繰り返すことで、リーダーに力がついていき、自治になっていくのです。そのときはリーダーを支援するように、手立ても変えていきます。
いきなり全てはできません。少しずつできることを増やしていきましょう。
コメントに込めた思い
行事は「目的」が命 — 資料を流さない意味
会議でつい「ご覧ください」で済ませてしまう文章の第一位が「目的」ですね。
でもいろいろなところで言っているように、行事計画の中心には必ず「確かな目的」があるべきなのです。
学校の行事は、時間・予算・人といった、学校にとって貴重なリソースを使うものです。
その一つひとつに、どんな学びを準備するのか、どんな姿を育てたいのか、目的を明確にしていかないと、ただ疲れるだけのイベントになってしまいます。
反対に、目的がしっかりしている行事は、準備の段階から教師も生徒も動き方が変わり、得られる学びの深さも大きく変わります。
「昨年と同じでお願いします」で思考停止しないことです。
いったん立ち止まって、今年の子どもたちに必要な目的は何かを再検討し、読む人が「なるほど」と納得できる計画に仕上げることが大事です。
冬になると教育課程編成会議で、行事についても見直しが行われると思います。
これは初任者の先生には難しいかもしれませんが、その際にもぜひ目的ファーストで見直してもらいたいと思います。
生徒会活動における「自発」は、放任では育たない
生徒会活動には「自発・自主・自治」という魅力的なキーワードがあります。
ただ、教師が「自分たちでやってごらん」と言った瞬間、自主性はむしろ壊れます。
「自主的に~」「道徳的に~」「価値観が~」と言葉で言ったところで何も変わらないところが教育の難しくも面白いところです。
自治は「丸投げ」「放任」「自然に」ではなく、丁寧な設計と支援で育つものです。
教師の支援が薄すぎると、生徒は迷い、自信を失い、結果的に動けなくなります。
逆に、支援が手厚すぎても依存が生まれ、自主性が育ちません。
大切なのは、生徒会の状況に応じて、生徒の力量を見極めて、教師の介入度を柔軟に変えることなのです。
リーダー育成とフォロワー育成
自治を成立させる指導の核となるのは、
- リーダー育成:中心となって動く生徒に、役割・責任・判断の枠組みを丁寧に下ろす
- フォロワー育成:リーダーについていく生徒の動きを整え、参加のハードルを下げる
という2つのラインの育成が必要です。
リーダーは必ずつまずきます。でもその失敗こそが成長の入り口であり、教師はその都度立て直しを支える役割を担います。
フォロワーも同様で、途中で離脱しそうになる子が出ても、それを支えることで「仲間と動く経験」を積み重ねることができます。
合唱コンクールの練習で指導を応用してみましょう。指揮者や伴奏者、パートリーダーへの指導を、生徒会長や専門委員長、学級委員長への指導に転換するのです。
気づかれない。感謝されない。でも、それでいい。
そして、リーダーが成長してきたら、教師の支援は少しずつ後ろに下がっていきます。この「支援の濃淡の調整」が、自治への道のりそのものです。
先生が影に回れば回るほど、子どもたちは「あれ?自分たちでできてる!私たちにもできるんだ!」と自信をつけるようになります。
先生が何もしていないのではありません。むしろ真逆です。先生はほかの生徒や先生にわからないようにじっとしながら、さりげなくさりげなく後押ししているのです。
そういう先生の努力を、後からきっと生徒会本部の子どもたちは気付いてくれます。無言で感謝しています。お礼を言ったら「先生に依存しています」と言うことになるから、お礼は言ってきません。言われたら負け(目立ち過ぎ)です。それでいいのです。
ほかの先生方は「何もしてないよね」と批判するかもしれません。それが正解です。先生がいなくてもできるという最大の成果(生徒の自治)を引き出したのですから。
でもそんな先生の動き方を見てくれている先生も僅かにいます。ときには言葉にして労ってくれるでしょう。それぐらいでいいのです。自己満足です。それでいいのです。



