初任研担当として、初任者の先生方の報告書にコメントを書いています。
指導の先生とのやり取りや、教室での実践を通して、皆さんが日々たくさんの学びを積み重ねている様子に、励まされる思いです。
この記事では、報告書には書ききれないような視点から、わたし自身の経験も交えてメッセージをお届けしています。
少し立ち止まって考えたいとき、ふとヒントが欲しくなったときに、気軽に読んでいただけたらうれしいです。
「学校教育全体で行う道徳教育」へのコメント
教科指導のなかにも、道徳のタネはたくさん散りばめられています。どれをどこまでピックアップするかは担当の先生次第ですが、理科で生命尊重、英語で異文化理解を取り上げるなど、人文系の国語科や社会科だけではないです。
校長先生の学校だより、学年主任の学年だより、教頭のホームページ、いろいろなところにタネを仕掛けているので、先生、生徒、保護者がそれを見つけてくれるのを期待しています。
道徳教育の基礎は家庭にあり、発展は地域にあります。学校はそのあいだを埋めるものとして機能していきましょう。
コメントの背景
このコメントを書いた背景、私の思いや考えについて解説します。
「道徳」は特別な授業ではない
道徳教育というと、「週1時間の道徳科の授業」を思い浮かべる人が多いかもしれません。
けれど私は、道徳は日常のあらゆる教育活動の中に息づいていると思っています。
理科なら生命の尊重、英語なら異文化理解。音楽や体育、家庭科にも、協力や感謝、創造への喜びなど、道徳のタネは無数に散らばっています。
つまり、どの教科も「人を育てる教科」であり、教師が意識して拾い上げれば、道徳教育は教室の中で自然に広がっていくのです。
学校全体で「道徳のタネ」をまく
学校だより、学年だより、ホームページというのは、道徳教育を学校文化として広げたいという願いから生まれた言葉です。
おたよりやホームページは、単なるお知らせではなく、学校の価値観を発信する媒体でもあります。そこに使用される写真や言葉には、それを書く先生(特に校長先生)の思いが込められています。
そこに「ありがとう」「いのち」「つながり」といった言葉がちょっとでも載っていれば、それも立派な道徳教育です。
教師が発信する小さな言葉が、子どもや保護者、地域の人の心に届き、「この学校は人の心を大切にしている」と感じてもらえます。そんな学校文化をつくりたいと思っています。
家庭と地域のあいだにある学校
道徳教育の基礎は家庭にあり、発展は地域にあります。
この言葉は、文部科学省の理念にも通じますが、私にとっては実感でもあります。
家庭で育まれた思いやりや礼儀が、学校で社会性として磨かれ、さらに地域の中で実践されていきます。そう考えると、学校は「中間地点」であり、家庭と地域社会との橋渡しの場です。
だからこそ、学校は閉じた空間ではなく、家庭と地域に開かれた存在でなければならない。
道徳教育もまた、その橋の上でこそ本物になると思うのです。
終わりに
このコメントに込めたのは、「道徳教育は、誰か一人の仕事ではなく、学校全体の営みである」という思いです。
教科の授業も、学校だよりも、ちょっとした会話も、そのすべてが「道徳の種」になり得ます。私たち教師は、それを意識してまき続ける人でありたいものです。
そして、子どもたちがその種を見つけ、自分の中で育てていく姿を見守りたいと思います。



