前編では、OECD「ティーチング・コンパス」を構成する5つの主要概念のうち、
1 アンカー(Anchor)
2 教師エージェンシー(Teacher Agency)
について紹介しました。今回は、残りの3つです。
3 教師コンピテンシー(Teacher Competency)
4 教師のウェルビーイング(Teacher Well-being)
5 学びのエコシステム(Learning Ecosystem)

一言では説明できませんが、ちょっとずつ分かってきました。

では、後半もがんばっていきましょう。
3「教師コンピテンシー」:知識だけではなく、どう使うか
「コンピテンシー」というのは「行動特性」のことで、単なる知識やスキルだけでなく、成果を生むための思考や価値観、行動のパターンを指します。
OECD「ラーニング・コンパス」でも、生徒に必要なコンピテンシーとして、知識・スキル・態度・価値観が示されています。
ティーチング・コンパスでは、当然ながら教師自身にも同じような視点が必要だと考えます。
つまり、「何を知っているか」だけではなく、「それをどう使い、どう判断し、どう行動するか」ということです。
OECDは、教師のコンピテンシーを単なる「授業技術の一覧」として捉えていません。変化が激しく、答えが一つとは限らない教育現場で、知識やスキル、態度や価値観を組み合わせながら判断し、行動する力として捉えています。
① Teacher Knowledge「教師の知識」
教師には専門的な知識が必要です。教科の専門知識に加え、他にもたくさんあります。
- 教科に関する知識
- 教育課程に関する知識
- 授業方法や評価に関する知識
- 生徒についての知識
- 自分自身についての知識
- 社会や世界についての知識
- データや教育研究に関する知識
- 他教科とつながるための知識
そして、AIの登場によって、教師に求められる知識はさらに変化しています。「知っていること」そのものの価値がなくなるわけではありません。
むしろ、「AIが出してきた情報を、教師としてどう判断するか」が重要になってきます。
だからこそ、専門知識に加えて、情報を吟味する力や、知識がどのようにつくられ、確かめられているのかを理解する力も重要になります。
② Teacher Skills「教師のスキル」
次に必要なのが、知識を実際の教育活動につなげるスキルです。
- 授業を設計する。
- 生徒と対話する。
- 学習状況を見取る。
- 評価する。
- 同僚と協働する。
- ICTやAIを活用する。
- 保護者や地域と関わる。
- 困ったときに助けを求める。
面白いのが、OECDが「曖昧さに耐える力」や「共感性」「適応力」「創造性」なども教師の重要な力として扱っていることです。
考えてみれば、学校には「教科書通りにいかないこと」がたくさんあります。
例えば、予定通りに授業が進まない。生徒同士のトラブルが起きる。保護者から予想外の相談が来る。急に学級の雰囲気が変わる。
そんなときに必要なのは、単なる「授業の技術」ではありません。その場の状況を読み取り、考え、判断し、行動を変える力。これこそ、これからの教師に求められるコンピテンシーなのだと思います。
③ Teacher Attitudes & Values「教師の態度・価値観」
もう一つ重要なのが、態度や価値観です。教師の一つ一つの判断には、さまざまな価値観が表れます。
- 生徒をどう見るか
- 失敗をどう捉えるか
- 多様性をどう考えるか
- 同僚をどう信頼するか
- 公平とは何か
- 教師として何を大切にするか
例えば、「できない生徒」を見たとき、「努力が足りない」と考えるのか、「どこでつまずいているのだろう」と考えるのか。同じ事実を見ても、その後の教師の行動は変わります。
だからこそ、教師のコンピテンシーには、知識やスキルだけでなく、成長を信じる姿勢、他者への共感、公平性、倫理性、協働する姿勢などが含まれます。
ここは、前編で紹介した「アンカー」ともつながっています。
アンカーが「自分は何を大切にして教師をするのか」なら、コンピテンシーは「それを実際の教育活動の中でどう実現するのか」と言えます。
4「教師のウェルビーイング」:元気でいることだけではない
4つ目は、Teacher Well-being(教師のウェルビーイング)です。
ただ、ウェルビーイングというと、日本の学校現場では「働き方改革」に引っ張られているように思います。「残業を減らしましょう」「休暇を取りましょう」というのと、ティーチング・コンパスでいうウェルビーイングは違います。
OECDは教師のウェルビーイングを、もっと広く捉えています。
ウェルビーイングの3側面
OECDでは、教師のウェルビーイングを次の3つの側面から捉えています。
- 身体的(Physical)
- 認知的(Cognitive)
- 社会・感情的(Socio-emotional)
つまり、「辛くない」「病気になっていない」だけでは十分ではありません。
- 「考えることができる」
- 「学び続けることができる」
- 「同僚や生徒と良好な関係を築ける」
- 「自分の仕事に意味を感じられる」
- 「教師として成長していると感じられる」
こうしたことも、教師のウェルビーイングに含まれます。
「教師として、何のために働いているのか」
例えば、仕事量が少なくても、「自分は何のために教師をしているのだろう」と思っていたら、ウェルビーイングが高いとは言えません。
逆に、仕事が大変でも「この仕事には意味がある」「生徒の成長に関われている」「同僚に支えてもらっている」「自分も教師として成長している」と感じられるなら、充実感を持って働くことができます。
OECDは、教師のウェルビーイングの中心に、Professional Purpose(専門職としての目的意識)を位置付けています。
つまり、「教師として、何のために働いているのか」という問いです。これは、前編の「アンカー」と通じています。
ウェルビーイングは「自己責任」ではない
教師のウェルビーイングを「先生方が自分でセルフケアしましょう」だけにしてはいけません。
OECDは、教師のウェルビーイングを支える視点を挙げています。
- 適切な労働条件
- 尊重される職場環境
- 協働的なリーダーシップ
- 成長の機会 など
これらは学校や教育システム側の支援が必要であり、管理職が取り組むところです。
「先生方、疲れているからメンタルヘルスに気を付けましょう」と言うだけでなく、むしろ「なぜ先生方が疲れているのか」を学校組織として考える必要があります。
- 仕事の仕組みを変える。
- 無駄な会議を減らす。
- 相談しやすい職場をつくる。
- 同僚同士で助け合える環境をつくる。
- 教師が学び続けられる時間を確保する。
そして、「先生方の専門性を信頼して任せる」ことも大切だと思います。ウェルビーイングは「教師を甘やかす」という話ではありません。教師が専門職として力を発揮し続けるための土台なのです。
5「学びのエコシステム」:学校だけで教育を背負わない
最後が、Learning Ecosystem(学びのエコシステム)です。5つの中でも一番「学校の外」に視野を広げる考え方かもしれません。
そもそも、生徒の学びは学校の中だけで起きているわけではありません。
- 家庭で学ぶ。
- 地域で学ぶ。
- 友達から学ぶ。
- 社会との関わりから学ぶ。
- 大学や企業から学ぶ。
- オンラインで学ぶ。
- 文化施設やスポーツ活動から学ぶ。
そう考えると、学校は大きな「学びのシステム」の一部にすぎません。
OECDは、教育を教師だけの仕事とは考えず、学校、家庭、地域、行政、大学、研究機関、企業など、多様な主体が関わるエコシステムとして捉えています。
教師だけに背負わせない
これは、今の日本の学校にとって、かなり重要な考え方だと思います。
学校には、「授業」「生徒指導」「特別支援」「キャリア教育」「ICT」「防災」「いじめ対応」「不登校支援」「家庭との連携」「地域との連携」……と、本当にたくさんの役割があります。
全部を教師だけで背負おうとしたら、当然限界があります。だから、「学校だけで何とかする」から「学校を中心に、みんなで支える」へ。これが学びのエコシステムという考え方です。
学校の「外」に専門家がいる
管理職になると、よく「関係機関と連携する」と言われます。
- スクールカウンセラー
- スクールソーシャルワーカー
- 医療機関
- 福祉関係機関
- 大学
- 研究機関
- 地域の専門家
- 企業
- NPO
- 地域住民
など、それぞれに専門性があります。教師がすべての専門家になる必要はありません。むしろ、「自分たちだけではできないことを、誰とつながればできるのか」を考えることも、これからの教師の重要な専門性になっていくのだと思います。
OECDも、教師同士の専門的な学習コミュニティや、学校・家庭・地域との協働を、教育のエコシステムを支える重要な要素として位置付けています。
学校経営の視点から考える
学びのエコシステムを学校経営の視点から考えると、「学校の中に何を増やすか」ではなく、「学校の外とどうつながるか」という発想になります。
例えば、「先生を増やそう」だけではなく、「誰に協力してもらえるだろう?」と考えていきます。
「教師が全部やろう」ではなく、「教師が専門性を発揮するために、どこを他者と分担できるだろう?」と考えます。
「地域に協力してもらう」だけではなく、「地域にとって学校はどんな存在になれるだろう?」と考えてみます。
こうして、学校を閉じた組織ではなく、地域や社会とつながる開かれた学びの場として考えていくわけです。学習指導要領でも、「開かれた教育課程」という言い方をしていますね。これが「エコシステム」ということです。
5つは、バラバラではない
ここまで5つのキーを紹介してきましたが、この5つはバラバラの話ではなく、むしろ全てつながっています。
- アンカー →「自分は何を大切にして教師をするのか」
- 教師エージェンシー →「その目的のために、自分は何ができるか」
- 教師コンピテンシー →「そのために必要な知識・スキル・態度・価値観は何か」
- 教師のウェルビーイング →「それを持続的に実践できる状態になっているか」
- 学びのエコシステム →「自分だけではできないことを、誰と一緒に実現するか」
という関係で見ることができます。そして、この5つを支えるものとして、前編でも紹介した
Being(在り方)、Belonging(つながり)、Becoming(成長し続けること)
という「アンカーの要素」があります。
こう考えると、ティーチング・コンパスの全体像が少し見えてきます。
「良い教師」の定義が変わっていく
これまでの教師像というと、
- 「教科をよく知っている」
- 「授業が上手い」
- 「生徒指導ができる」
- 「学級経営ができる」
といった能力が中心だったように思います。もちろん、それらは今でも大切です。でも、これからの教師には、それだけでは足りません。
- 変化を受け止める。
- 自分で考えて判断する。
- 他者と協働する。
- AIなどの新しい技術を使いこなす。
- 自分自身も学び続ける。
- 生徒の声を聴く。
- 地域や社会とつながる。
- そして、自分自身のウェルビーイングも大切にする。
つまり、「何でもできる教師」ではなく、「自分の専門性を生かしながら、人や社会とつながって教育をつくっていける教師」が求められているのではないでしょうか。
ティーチング・コンパスは「フレームワーク」にする
ここまで読んで、「また新しい教師像が出てきた…」と思った先生もいるかもしれません。
でも、ティーチング・コンパスは、「これもやりなさい」「あれも身に付けなさい」という新しいチェックリストではありません。
OECDも、ティーチング・コンパスを、教師の仕事のすべてを網羅するものではなく、教師教育や実践、政策を考えるための方向性を示すフレームワークとして位置付けています。
だからこそ、「自分はどこを大切にしたいのか」を考えるために使えばいいのだと思います。
- 「今の自分には、アンカーが必要だな」
- 「もう少し教師エージェンシーを発揮してみよう」
- 「この仕事は学校だけで抱えなくてもいいな」
- 「最近、学びが足りないな」
- 「自分のウェルビーイングを後回しにしているな」
そんなふうに、羅針盤を持つ自分の「現在地」を確認するために使えばいいのだと思います。
おわりに:教師にも「羅針盤」が必要だ
生徒には「自分の未来を自分で切り拓こう」と言いながら、教師自身が、「上から言われたから」「去年もそうだったから」「みんながそうしているから」だけで仕事をしていたら、少し寂しいですよね。
これからの教育は、正解を教えるだけではありません。
変化する社会の中で、「何を大切にするのか」「どう生きるのか」を、生徒と教師が一緒に考えていく教育になっていくはずです。
そのためには、教師自身にも羅針盤が必要です。
それが、OECDの「ティーチング・コンパス」なのだと思います。
もちろん、羅針盤があっても、嵐の日はあります。迷うこともあります。立ち止まることもあります。
でも、「自分はどこへ向かいたいのか」が分かっていれば、また歩き出せます。
ラーニング・コンパスが、「未来を生きる生徒の羅針盤」だとすれば、
ティーチング・コンパスは、「学びを支える教師の羅針盤」です。
そう考えると、なんだか少しワクワクしてきませんか。先生方も一度、自分の「ティーチング・コンパス」について、考えてみてください。


