初任研担当として、初任者の先生方の報告書にコメントを書いています。
指導の先生とのやり取りや、教室での実践を通して、皆さんが日々たくさんの学びを積み重ねている様子に、励まされる思いです。
この記事では、報告書には書ききれないような視点から、わたし自身の経験も交えてメッセージをお届けしています。
少し立ち止まって考えたいとき、ふとヒントが欲しくなったときに、気軽に読んでいただけたらうれしいです。
「通知表の作成」へのコメント
通知表は一生残るものです。
本人や親だけでなく、家族、親戚、将来のパートナーや子供が見る可能性があります。
そこに書かれている内容として、どんなものがいいのか、その生徒の今だけでなく、未来についても考えながら言葉を選んで行ってください。
文例をたくさん読んで言い回しを真似したり、ほかの先生の所見を読ませてもらってもいいです。
その子の一生の支えとなるような通知表を目指して、向き合ってほしいと思います。
コメントの背景
みなさんは学生時代の通知表をいまだに持っていますか?
私は実家の学習机の引き出しに入っているはずです。卒業アルバムと一緒にしてあるかもしれません。
いずれにせよ、通知表を捨てた覚えはありません。
学生時代の通知表というのは、捨てようと思っても、なかなか捨てられるものではないと思います。
そういう意味で、一生残るものなのです。そして、何かのきっかけで、家族や親戚、パートナーや我が子に見られる可能性もあるわけです。
その時、もし本人が見られたくないようなことが書かれていたとしたら、どうでしょうか。
通知表の評定の「1」はももちろん嫌ですが、笑ってごまかせるかもしれません。
では、所見はどうでしょうか?10年後、20年後に読まれても大丈夫でしょうか。
手のかかる生徒にどんな事を書きますか?不登校の生徒にどのように書いておきますか?
もちろん、「当たり障りのないようなことを書いてごまかしましょう。」と言っているのではありません。
通知表の所見は、今、生徒や保護者に読んでほしいことでもあります。10年後、20年後に、また読まれてもいいメッセージでもあります。
そんな文章を目指して、所見の一文一文、一語一語を探して書いて欲しいと思っています。
もっと言いましょう。もしかしたら。その通知表は、その子が渡される最後の通知表になるかもしれません。
親が、我が子のことを思い出して開く通知表にどんな事が書いてあったらいいのでしょうか?
こんなことまで言ったら、何も書けなくなってしまうかもしれませんね。でも、通知表の所見というのは、それぐらい大事だと思うのです。
